side of the moon

その3




ふたりを学食に残して、おれは教室へと向かったが、どうももやもやはおさまらない。崎山が麻野に手を出すとは限らないけど・・・
あの真っ暗闇の中、ロマンティックなムードに流されたら、何が起こるかわからない。

おれは、隣りに座っていた木原に、一週間分の学食のランチと引き換えに、バレないようにレポートの提出を頼むと、二人のあとを追いかけた。
近くの雑貨屋で、深めの帽子と眼鏡、同じビルに入っている古着屋でリバーシブルのパーカーを購入すると、店で着がえさせてもらった。
鏡を見ると、なかなかの変装っぷりだ。
店員に「探偵さんですか?」と聞かれたところをみると、うまく変装できているようだ。
おれは、急いで科学館へと向かった。
しばらく歩くと、前方にふたりの姿を発見した。
何やら楽しげに話をしながら歩いている様子だ。
麻野は、ロールアップのデニムパンツに、トリコロールカラーのボーダーシャツ、通販で買った一澤帆布のトートバッグを肩から提げていて、まるでオンナのコのようだった。
あのボーダーシャツは麻野のお気に入りで、一緒に小倉に行ったときに一目ぼれして買ったものだ。
めったに着ないその服を選んだ理由は何なんだ?
そしてそのお気に入りの服を着て、崎山と並んでいる麻野を見るのは少しつらい。
崎山はブルージーンズに白いシャツを合わせている。
認めたくはないが、何だか並んでいるその姿は、お似合いの素敵なカップルに見えるのだ。
時折麻野が、崎山を見上げては微笑んでいるのが遠くからでも見てとれる。
何度割って入ろうかと思ったけれど、尾行なんて卑怯な手を使っていることを知られたくないという気持ちのほうが勝って、結局おれはそのままふたりの後を科学館まで追いかけることとなった。





*******





チケットを買って中に入ると、プラネタリウムシアターの予定表の前にたたずむふたりを見つけ、おれはあわてて観葉植物の陰に隠れた。
「まだ時間あるな〜展示でも見てよっか」
頷く麻野の肩を抱いて、崎山がエスカレーターへと向かっていった。
さわるなっつってんだろ?あ〜?
気がつくと、手には観葉植物の葉っぱ。
おれは、誰にも見られていないことを確認して、その場を離れた。
おれって、冷静だと思ってたけど、どうも熱い人間らしい・・・・・・
変な自己分析をしながら、ふたりの後を追いかけた。
平日のためだろうか、展示室には人影もなく、近づくこともできない状況だった。
展示のモニターを見ながら一生懸命説明する麻野の隣りで、関心を装い頷いている崎山がにくらしい。
時折腰を折り、かがんで麻野に顔を近づける。
あれがおれだったら〜〜〜!
崎山に自分の姿を重ねた瞬間、むなしさがこみ上げてきた。
おれ・・・連れてってやろうと思ってたのにな・・・・・・
麻野の話を聞くのが好きだった。
一生懸命伝えようと、わかりやすい言葉を選びながら話す麻野の顔を見ているのが好きだった。
今、麻野は崎山に何を語っているんだろう・・・
ふたりの姿を目で追い、考え事をしていたおれは、ふと展示物に手をついてしまった。
途端、おれの背後の大きな物体がガタガタと音をたて揺れ始めると、轟くような大きな音が展示室全体に響き渡る。
な、なんだ・・・?
一瞬、何が起こったのかわからず、その辺のスイッチをおしまくったが、鳴り止む気配がない。
呆然と立ち尽くすおれの頭の上から、女性アナウンスが冷静にその状況を語る。
『ただいまの揺れは震度5、マグニチュード7でございます』
おれがふれたのは、地震体験装置だったらしい。
地響きにガラスの割れる音、何かが倒れる音、避難訓練で放送されるテープを思い出し、はっとふたりのほうを見ると、なんとこちらをじっと見ていた。
当たり前だ!誰もいない静かな展示室で、こんな轟音が鳴り響いたら誰だって様子をうかがうに違いない。
あたふたとスイッチをおしまくっている姿を見られただろうか?
いや、それよりも、おれだって気づかれてないだろうか?
おれの不安をよそに、ふたりは自分たちの世界へと戻っていった。
それはそれで腹立たしいことではあるのだが。
気にはなるが、バレてはもともこうもないと、おれはふたりの尾行をあきらめ、先にロビーで待っていようと、階段で階下へと向かった。

                                                                       





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